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高知地方裁判所 平成5年(ワ)393号 判決 1995年7月14日

原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

乙川春子

被告

丙沢夏子

右訴訟代理人弁護士

丁海次郎

主文

一  被告は、原告に対し、金二五一八万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載5の土地につき、高知地方法務局平成三年六月二四日受付第壱八五八壱号をもってなされた条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、金二六四三万五〇〇〇円及びこれに対する平成三年一二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  主文二項同旨

三  主文三項同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告から融資を受け、自己所有の五筆の土地を担保に供したが、その後、山林等四筆の土地は被告に確定的に帰属したとしてその清算金の支払を請求し、農地一筆については、担保目的を終えたとして、当初の融資契約ないし所有権に基づいて条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続を請求した事案である。

なお、原告は、平成六年九月一六日付「訴えの追加的変更の申立」と題する書面(内容は交換的変更)及び平成七年四月二八日付準備書面によって、それぞれ訴えの交換的変更の申立てをなし、被告は、いずれもこれに同意している。

一  当事者間に争いのない事実

被告は、原告に対して、一三〇〇万円(原告主張)または二五〇〇万円(被告主張)の融資を行い、原告は、被告に対し、その担保として、自己所有の別紙物件目録記載1ないし4の土地につき、売買(買戻特約の付記登記あり)を原因とする所有権移転登記を、同目録5の土地(以下「本件土地1ないし5」という)につき、売買を原因とする条件付所有権移転仮登記(条件は農地法三条の許可)をそれぞれ経由した。以下この取引を「本件契約」という。

二  争点

1  別紙物件目録記載の各土地の評価額

2  被告の原告に対する融資金額

3  当事者間の本件契約の法的性質

原告は、譲渡担保契約であると主張し、被告は、売買であると主張する。

第三  判断

関係証拠によれば、次の事実が認められる。なお、以下において使用する「融資」「担保として」という言葉は経済的な意味に限られ、必ずしも法律上の金銭消費貸借ないし担保権の設定があったことを意味しない。

一  本件契約の締結に至るまでの経緯

1  関係者のあらまし

原告は、明治四三年三月一五日生まれで、本件契約締結当時は八一歳ないし八二歳。

訴外丙沢實は、山口組系中野会内弘真会会長で被告の夫。

訴外田中輝男は、訴外丙沢實の若衆で同会の財政を担当する事務局長。同人は、原告の姪の娘の元夫でもある。現在所在はつかめていない。

訴外鈴木裕介は、訴外丙沢實のゴルフ仲間であり、訴外田中輝男とは一〇年来の付き合いである。金融業を営んでいる。

訴外公文兼繁は、訴外丙沢實と同じ町内に住む町内会長である。

(以上証人丙沢實、同鈴木裕介、原告本人)

2  訴外田中輝男は、かねてより原告所有の本件各土地及びこれと隣接する訴外南海ゴルフ株式会社所有の土地の売買を仲介しようと考え、これを方々に売り込んでいたところ、平成三年一月一〇日ころ、大阪府堺市在の訴外株式会社エム・ティ産業との間で具体的な話が進み、同社から買付証明書の交付を受けた。結局、この話は、同社が銀行融資を受けられなかったため成立しなかったが、当時坪単価一万円の評価で、原告の本件各土地全部で約二億円、訴外南海ゴルフ株式会社の土地は約六億円で取引される見込みであった。

訴外田中輝男は、平成二年一〇月ころ、訴外丙沢實に対し、本件各土地を含む一団の土地を買収して東京のゴルフ場経営会社に売渡す話を持ちかけ、訴外株式会社エム・ティ産業作成の右買付証明書を持参した。

(以上甲六号、乙九号、証人田中輝男、同丙沢實)

3  訴外田中輝男は、平成二年一二月ころ、原告を訪れて、「金を貸してくれるところがあるので、そこからぜひ借りてほしい。」などと言って借金の申し込みをし、同月二八日ころ、原告を代理して訴外公文兼繁から六〇〇万円の融資を受け、その担保として、原告所有の本件各土地につき、左記内容の登記を経由した。この融資に関しては、利息の定め、遅延損害金の定めはなく、借用証書も作成されていない。なお、訴外田中輝男は、原告が融資を受けた六〇〇万円の中から、平成二年一二月二八日から平成三年四月一九日迄の間に合計五〇七万円を借り受けている。

(一) 本件土地1ないし4につき

平成二年一二月二七日売買を原因とする所有権移転登記

買戻特約の付記登記(売買代金六〇〇万円、契約費用五万円、買戻期間は平成二年一二月二七日から平成三年二月末日)

(二) 本件土地5につき

平成二年一二月二七日売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記

(以上甲一号、乙一号の1、2、3、八号の1、証人田中輝男、原告本人)。

4  訴外田中輝男は、平成三年一月下旬ないし二月上旬ころ、原告を代理して訴外鈴木裕介に対し融資の申し込みをし、同年二月一三日ころ、畠山司法書士事務所において、同人から二五〇〇万円の融資を受け、その担保として、原告所有の本件各土地につき、左記内容の登記を経由した。この融資に関しては、一五〇万円を利息として天引きしているが、遅延損害金の定めはなく、借用証書も作成されていない。訴外公文兼繁は、同司法書士事務所において、今回原告が取得した融資金の中から原告に融資した金額を回収している。

(一) 本件土地1ないし4につき

平成三年二月一三日売買を原因とする所有権移転登記

買戻特約の付記登記(売買代金二五〇〇万円、契約費用五万円、買戻期間は平成三年二月一三日から平成三年五月九日)

(二) 本件土地5につき

平成三年二月一三日売買を原因とする条件付所有権移転請求権仮登記

(条件は農地法三条の許可)

なお、訴外鈴木裕介の原告に対する融資額については争いもあるが、具体的かつ詳細な訴外鈴木裕介の証言によれば、その融資額は二五〇〇万円と認めるのが相当である。<以下省略>

(以上甲一、二、四、五号、乙一号の1、2、3、八号の1、一二号、証人鈴木裕介、原告本人)

5  訴外鈴木裕介は、原告に対し、平成三年五月九日ころ、買戻期限を同年五月末日に延期し、その後これを同年六月九日に延期し、さらに延期した(乙一五、一六号、証人鈴木裕介)。

6  訴外田中輝男は、同年六月二四日ころ、大坪司法書士事務所において、原告の代理人として被告(実質的には訴外丙沢實)との間で本件契約を締結して、二五〇〇万円の融資を受け、その担保として、左記内容の登記を経由した。この融資に関しては、利息の定め、遅延損害金の定めはなく、借用証書も作成されていない。訴外鈴木裕介は、同司法書士事務所において、今回原告が取得する融資金の中から、原告に融資した金額(二五〇〇万円)を回収している。

(一) 本件土地1ないし4につき

平成三年六月二四日売買を原因とする所有権移転登記

買戻特約の付記登記(売買代金二五〇〇万円、契約費用五〇〇万円、買戻期間は平成三年六月二四日から平成三年一二月二三日、訴外鈴木裕介のための前記登記と比べて、契約費用が四九五万円高く、買戻期間は六ケ月間と約二倍になっている。)

(二) 本件土地5につき

平成三年六月二四日売買を原因とする条件付所有権移転請求権仮登記

(条件は農地法三条の許可)

訴外大坪司法書士は、訴外丙沢實に対し、抵当権の設定ないし訴外鈴木裕介の権利を被告に譲渡することを提案したが、聞き入れられなかった。

(以上甲一、二、四、五号、乙一号の1、2、3、二号、八号の1、九号、一二号、証人鈴木裕介、同大坪博、原告・被告本人)

7  被告すなわち訴外丙沢實は、本件土地1、2に関して、買戻期間が経過していないにもかかわらず、次のような処分を行った。

(一) 平成三年一一月二六日、本件土地1を訴外南海ゴルフ株式会社に対し売り渡すことを予め約し、売買予約を原因とする条件付所有権移転請求権仮登記を経由した(乙一の1)。

(二) 平成三年一〇月三〇日、本件土地2につき、訴外川渕芳男の一〇〇〇万円の債務を担保するために抵当権を設定し、その旨の登記を経由した(乙一号の2)。

8  本件各土地の評価額

甲六、七号、八号の1、2、乙一号の1、証人田中輝男によれば、本件各土地は一団の土地であり、その評価額は、既に抵当権が設定されていたこと、本件土地2がため池であること、本件土地5がみかん畑であることなどを考慮に入れても、本件契約締結時点ないし買戻期間経過時において、少なくとも公簿面積一坪あたり一万円は下らないと認めるのが相当である。

そうすると、本件各土地全部の評価額は、公簿面積五万五八九五平方メートル、一万六九三七坪で、一億六九三七万円となり、みかん畑を除いた本件土地1ないし4の評価額の合計は、公簿面積一万七一八一平方メートル、五二〇六坪で五二〇六万円となる。

甲六号の買付証明書の作成者である証人辻田杢治は、この買付証明書は訴外田中輝男に頼まれて作成した内容虚偽の文書である旨証言するが、その作成動機についての証言があいまいであり、信用できない。

二  本件契約の法的解釈

右認定事実を総合すると、次のことがいえる。

1  当事者の経済的目的

被告すなわち訴外丙沢實は、予め本件各土地につきゴルフ場用地として買収される話があることを知っており、買戻期間経過前にゴルフ場経営会社に対し本件土地の一部につき売買の予約をしていること、担保として供された本件各土地全部の評価額と融資金額が著しくかけ離れていること、訴外丙沢實の若衆で前記弘真会の財政を担当する訴外田中輝男が、積極的に原告に働きかけて本件各土地を担保として提供させた経緯などの事実に照らすと、被告すなわち実質的には訴外丙沢實の経済的目的は、当初より安い対価で本件土地を丸取りすることにあったと認められる。しかしながら、後記3のとおり、被告の本件土地丸取りの企図は法律上是認できない。被告の経済的目的及び本件各土地の評価額と融資金額の著しい懸隔に照らし、本件契約は公序良俗に反し無効と解する余地もあるが、できるかぎり当事者の意思から乖離しないように契約は有効に解釈すべきであるから、後記のとおり、信義則上買主に対して清算義務を課すべきである。一方原告は、被告から受けた融資の担保として本件各土地を提供したものと認められる。

2  貸金債権の有無

当事者間で借用証書が作成されていないこと、月何分あるいは年何パーセントといった明確な利息の定め・遅延損害金の定めがないことなどの事実に照らすと、金銭消費貸借契約は締結されておらず、当事者間に、貸金債権は存在しないと認められる。

3  清算義務の有無

仮登記担保契約に関する法律、譲渡担保に関する判例理論との整合性、融資を懇請せざるをえない社会的弱者の保護の見地から、信義則上、担保目的で提供された不動産の丸取りは許されず、不動産の価額が融資金額を上回るときは、融資金額との差額を清算すべき義務があるというべきである。

4 以上の事実及び法命題を前提にして本件契約の法的性質を検討する。

まず、本件買戻特約付売買は、融資目的でありながら貸金債権が存在しないのであるから、譲渡担保ではなく、売渡担保と認められる。

次に、清算義務の発生時期すなわち本件各土地が確定的に被告に帰属する時期については、当事者の一致した認識に従って、買戻期間の経過時と考えるべきである。ただし、受戻期間については、譲渡担保の場合と同様、買主が第三者に処分するまで、信義則上、売主は融資金を提供して担保目的物を受け戻すことができると考えられる。

5  清算金額の計算

本件契約において、被担保債務に相当する融資金額は二五〇〇万円である。なお、契約費用としての五〇〇万円は、実質的には利息に相当するものであるから、利息制限法の範囲内の金額(年一割五分)一八七万五〇〇〇円も控除すべきである。

一方、被告に帰属する土地は、本件土地1ないし4のみであり、農地法三条の許可を条件とする本件土地5については、所有権は移転していない。本件土地1ないし4の評価額の合計は、前記のとおり、五二〇六万円である。

したがって、清算金額は、右評価額から融資金額及び実質的に利息に相当する金額を控除して、二五一八万五〇〇〇円となる。

また、右清算金支払請求権は期限の定めのない債務であるから、原告が初めて清算金を請求した第一五回口頭弁論期日の実施された日(平成六年九月一六日)に付遅滞の効果が生じる。

6  本件土地5についての抹消登記請求権の根拠

本件土地1ないし4が確定的に被告に帰属して実質的に融資金が回収された以上、本件土地5の担保目的は終了しており、原告は、本件契約に基づいて、あるいは、所有権に基づいて、被告の条件付所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続を求めることができる。

第三  結語

以上のとおり、原告の請求は、清算金二五一八万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年九月一六日以降の遅延損害金、さらに、被告の条件付所有権移転請求権仮登記の抹消登記手続を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官臼山正人)

別紙物件目録

1 高知市朝倉字所林戊壱四八〇番四参

山林   九九壱四 m2

2 同所字同戊壱四八〇番壱壱壱

ため池   九五四 m2

3 同所字芳我曽山丁壱九弐五番八七

山林   壱四八七 m2

4 吾川郡春野町弘岡中字北平弐七八壱番八

原野   四八弐六 m2

5 高知市朝倉字所林戊壱四八〇番七〇

畑   参八七壱四 m2

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